大宇宙∞の始まりについて
2019/11/10
読者の皆様へ。
大宇宙∞の始まりについて考えましょう。
よく話されるのが『鶏は卵が先か、成鶏が先か?』というものがあり
ます。これは勿論、成鶏が理屈からは先でしょう。
何故なら、成鶏無くして、鶏の卵は有り得ないからです。
ここで、進化を考えますと、話は別に成ります。恐らく、細胞分裂、
胎内で赤ん坊を育てる、卵を沢山産む、等の試行錯誤を繰り返して、母
体や自身や種の安全と存続を図っているのでしょう。
神の話を抜きにして理論的に話します。生命は種の成長や進化を、環
境により姿形を変化させて存続を図ります。例えば、地球太古の聖なる
動物である恐竜から、遺伝子的に現在の哺乳類は続いていると言われて
います。
だから、環境の激変は新しい種を作り上げます。それが、大自然であ
り、地球上に留まらず、大宇宙∞にも言える事です。
大自然とは、地球上ではネイチャー、大宇宙∞ではユニバースな訳で
す。
進化論を肯定的にとらえると、地球上では自然界ではエントロピー増
大の法則というのが在り、常に細分化しか出来ないのです。外的エネル
ギーが加わらない限り。しかし、実際に生物は、食べ物を食べて身体を
大きくするし、小国の群雄割拠もやがて統一されて大国になるし、企業
も巨大化して行きます。
先程の卵が先か、成鶏が先かという議論は、先に他の生命が存在した
時点で、どちらとも言えない訳です。元々、進化の過程も、ウイルス、
両棲類、爬虫類、甲殻類、哺乳類、魚類では異なる事で。
大宇宙∞に関しても、収縮が先か膨張が先か、ビッグバンは存在した
か、空間的、時間的、物質的に無限∞かは、言えない訳ですが、理論的
に考えて大宇宙∞が無限∞でないと、理屈に合わない訳です。
ここで、神の話しに戻すと、『 神が先か、大宇宙∞が先か? 』と
いう難問に突き当たる訳です。
勿論、これは同時に存在していた唯一無二のものですから、両方が無
限∞大であり、神 = 大宇宙∞ と成る訳です。
何故なら、その他に個体が存在していたら、仮に大宇宙∞が有限なら
ば、無限∞という概念が矛盾しているからです。
最強の折れない剣と、最強に壊れない盾は、同時に存在し得ない訳で
す。だから、大宇宙∞は果てが無い無限∞でないとおかしく、神と呼ぶ
に相応しいと考えられる訳です。
続きはまた今度に。
2019年11月10日 著者