その場しのぎのやり方と失敗しても本音で向き合うやり方の違いについて

2020/06/05

 読者の皆様へ。

 その場しのぎのやり方と失敗しても本音で向き合うやり方の違い

について考えましょう。

 必ず、人は何か披露や発表する時に、事前準備をして失敗しない

様に建前を取り繕います。何故かというと観客の前で、恥をかかな

い為です。

 ですが、私の知っている賢人は、要点は考えて行きますが、本番

がいざ来ると、必ずアドリブで体と口を動かします。要するに、原

稿だけ読み上げるのは小学生でも出来ますが、自分自身の本音や考

えをその場で臨機応変に言える人が、中身の豊かな人格を持ってい

る様に思います。

 何かしら、初めて始まる物事は、先ずは型や形から入ります。こ

れだと未だ、先生の実力を超える事が出来ません。自分自身で試行

錯誤して新しい物事や形を考えて実践すると、型を破れ、一回り大

きく成り壁を超えられます。

 よく、討論会等を観ていると、奇抜な事を言う人がいます。得て

して、そういう人は批判の的に成ります。歴史的に見て、化学では

、『ドルトン君とゲイリュサック君の原子説と分子説』があります

 当時の学会では、原子単体で気体などは存在しているという学会

の権威、ドルトン君の原子説が大半で、ゲイリュサック君が唱えた

原子は幾つかの結合で分子として存在しているという分子説を、完

全に抑え込みました。しかし、後の世に、アボガドロ君が、分子説

を証明し、ドルトン君の原子説は、間違いと現在では誰もが知って

いる当たり前の基礎化学の知識です。

 人間は、頭の硬い人は、形を持っている。頭の柔らかい人は、臨

機応変に対応する。だから、意外な質問をされると、返答に詰まる

事に成る。

 賢人は、私の周りに沢山居ますが、話を聞いていて『右耳から

左耳に話が素通りして頭に残らない』のは、私の責任ではなく、

話し手の責任だと思います。

 私の大学の先生が、面白い話を混ぜる方でしたので、記憶に御言

葉が多数残っています。やはり、それくらいでないと、他人の記憶

力に残る話をする事が出来ず、『あの人、何を話してたっけ?』と

成ります。

 度を超したらいけませんが、授業の最後に、自分自身の海外旅行

の写真を、パソコンでプロジェクターを使って生徒に見せる先生も

おられました。

 話は、要点は外さずに、緩急強弱をつけて、話すものだと学んだ

記憶があります。

                  2020年6月5日 著者